大庭勘之助さん夫妻 神奈川県横浜 Japan

この住んでいた市営住宅の取り壊しが決まって
今までの窓の外の絶景を惜しんでいる御夫婦。
大都市近郊の集合住宅と手つかずの自然が隣会っていました。
Apr.1998
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この住んでいた市営住宅の取り壊しが決まって
今までの窓の外の絶景を惜しんでいる御夫婦。
大都市近郊の集合住宅と手つかずの自然が隣会っていました。
Apr.1998

山で木を切り薪や炭を作り
畑でいろいろの農作物を作り
水田で稲を作る、一人で何でもこなす働き者。
田舎の山深いところで御夫婦で生活しています。
May.2007

3年前退職により横浜市より移住
身曾岐神社で奉仕しながら神恩感謝の日々を過ごす毎日
『生死をあきらめる生活から明らかにすると
必要なものがあれば、向こうから来るよ』と話す。
”御願い事があれば声に出して御願いしよう”
21.May.2006

戦前に二つの大学を出て勉強をした明治生まれの才女。
戦後より戦前に生きた女性はすごい。
戦前より大正時代に生きた女性はもっとすごい。
大正時代に生きた女性より明治生まれの女性はもっとすごい。
今の時代に生きる女性をみて、明治生まれの女性はすごいと感じますが
本来女性の持っているものはすごいのでしょう。
11.Jan.1994

函館の昆布漁師
『昆布と言ってもいろいろな種類があるんだよ』と話してくれた。
漁師特有のチョイ悪の口調に
道産子の持つ暖かみを感じます。
Dec.1994

スポーツアナウンサーからNHK支局長へ
宮田輝さん、高橋圭三さんが同期アナウンサー
お酒大好きの頑固親父。
14.Nov.1993
Jan.2007 Gone

洋画家
明治44年(1911年)1月1日広島生まれ
絵を独学する。
ルオーに魅せられての作品づくり。
『己の世界の生命的実在的作品であること』
『己の心に思想がなければならない』
21.May.1993
行年 84歳
12.Aug.1994 Gone

岩手県の小学校・中学校の元校長先生(写真中央)
田舎の小さな村で自分流の生き方を貫く。
Jul.1995撮影
16.Jan.1997 Gone
佐藤吉男元野田村村長(写真左)

左官の内山和雄さんの次女
高校時代はボート部でならす。
結婚式の前日。
Dec.1994

左官屋さん
壁塗りより小回りの作業が得意で手軽になんでもこなす職人技の持ち主。
今は左官の仕事が減ったので建設現場で重機を動かす働き者です。
地方の職人は何でもこなす人が多い。
冬場は名古屋近くに仲間と出稼ぎに行く。
Dec.1994

松本市歴史の里
たてもの野外博物館館長
”退職後に炭焼きをしたいと考えていましたが、この新たな仕事につきました。
今までの経験を生かしながら、ボランティア活動を通して
これからの若い人たちに返したいです”と話す。
元校長先生
11.Jul.2007
工女宿「宝来屋」入口

日本メタルプリント株式会社
会長と社長の親子二代
日本の金属印刷の代表的会社
”ペットボトルの台頭は金属印刷においては大きな痛手です”と話す。
May.1994

08.Jun.1981

Dec.1974

29.Dec.1981

11.Jan.1982

日本画家
岩手県生まれ
日展会員
日本芸術院会員
16.Sep.1981
24.Jan.2006 gone
享年83歳

横浜山手の花屋さんのおばあちゃん
気持ちよくテキパキと仕事をこなしている。
外国人相手に流暢な英語で接客をしていた。
11.May.2004

新居での同居が決まり
おばあちゃんがこの住み慣れた家(築33年)から出る事に決まった年の正月
年末から来ていた孫娘と記念撮影。
3月には引渡し、4月に解体予定のお宅にて
最後のお正月。
02.Jan.2004
竹田久子さん
07.Oct.2004 Gone
寿貞院麗久実光大姉

お茶友達
吉永久良さん(右側の方)
埼玉県深谷生まれの99歳
御主人を早くに亡くして、醤油の外交をして5人の子供を育てる。
11.May.2004
2007年2月に102歳で食後眠るように逝く。 合掌

市川市の建具屋さん
”職人さんは手に仕事があっていいわね”と言われた時代がありました。
しかし今は仕事が無くなった。
今の家はほとんどが出来合いの物ばかりで職人の作る物はないから
ほとんど職人が必要ないんだ。
大工さんをはじめ
左官屋さん、建具屋さん、畳屋さん、ペンキ屋さん、タイル屋さんもいらない時代になった。
”困った時代になったよ”と話す建具職人
05.Jul.2007

自宅敷地から間欠に天然ガスが噴き出るのを利用して
炊事や風呂の熱源にしている昔ながらの農家。
茂原市七渡
14.Aug.2004

寒い日陰の山間に、野原で遊ぶ子供
Dec.1974

普通の民家でおそば屋さんを開いている。
またお店にてリメイク商品を展示販売している。
東菅野”明宏庵”
22.Oct.2004

元お米屋さん
大正7年生まれ89歳の江戸川生まれ
養子に出されて十代の頃は日銭を稼ぎに植木を売りにリヤカーを引いて歩く。
”なかなか売れなかったけどその時のエピソードはいろいろあった。”と話す。
戦前の古き良き時代、時間の流れを感じさせてくれます。
”浮いた事が簡単に出来た時代、堅物の生き方しか出来なかった”と話す。
戦争による体験はなかなか話して頂けない。
20.Mar.2006
2008年8月22日 Gone

加藤木工所の親父さん。
明治42年5月4日、埼玉県生まれの98歳
16歳で東京の建具屋さんの丁稚に入る。
昭和17年から市川に移り住み建具屋さんの仕事をする。
出征してシベリヤ捕虜となり、昭和22年日本に戻る。
まだまだ元気の職人さん、今でも仕事で機械を使う。
数年前に奥さんは他界している。
02.Sep.2005

写真家
わんちゃんの名前しゅうちゃん
いちかんぽ代表
日本写真家協会会員
市川写真家協会会員
11.Sep.2005
釋影然 享年63歳
28.Jun.2007 Gone